「まもり姉ちゃん?」
声を上げた部室にはしんと静まりかえった空気だけで。
きょろきょろと見渡すと、机に突っ伏す人影が一人。
まもり姉ちゃん?と小さく声をかけてから、探していた本人だと分かる。
栗色の毛のせいで、今は顔が見れないけれど
机の上に散乱するデータ処理途中の紙や予定表のプリントを見れば、誰だってこの人と分かるだろう。
すぅすぅと寝息をたてて眠っている彼女を見て
疲れてるんだろうな、と感じた。
マネージャーでありながら主務の仕事も完璧にこなしてしまう。
時々無理しすぎてはいないかと心配になるけれど、楽しそうな彼女を見ると
こちらも思わず笑顔になるので、気にしないことにした。
とても気持ちよさそうに寝ているものだから
忍び足で部室から退却しようとする。
扉の取っ手に手をかけたとき、かたりと小さく物音がした。
ビクンと肩を震わせて、おそるおそる振り返る。
さっきまで髪の毛で隠れていた顔がこちらを向いて、瞳を閉じている。
寝返りか何かだったのだろう。
ああ良かった、起きてないや。
ほっと胸を撫で下ろした。
出来る事なら、あの悪魔が降臨なさるぎりぎりまで、眠っていてもらいたい。
きっととてもとても疲れているだろうから。
そう思ったとき、かすかに声が聞こえた。
空耳かな、と思ったけれどまた聞こえる。
そこでやっと気がついた。
まもり姉ちゃん、寝言言ってるんだ。
そうして、微笑んだ。
まるでそれは、聖母マリアを思い起こさせるような、とても安らかな微笑み。
なんだか胸があったかくなったので、こちらもつられて微笑む。
そうして、暖かな気持ちのまま、ここを退出しようと思った。
けれど、まもり姉は、それを許さなかった。
「ヒル魔君・・・。」
発せられた名前が、自分の知らない俳優だとか親族の名前とかなら
多分僕はそのまま外へ出ることができたはずなんだ。
けれど、その口から出た名は、あんまりにもあんまりすぎる。
聞いてはいけない。聞いてはいけなかった。
けれど僕は聞いてしまった。
その名を。
恐ろしいその名を。
けして漏れるはずのない
彼女の口から。
冷や汗があふれ出る。
ドクンドクンと早鐘のような、太鼓のような音が鼓膜を突く。
どうか神様、お願いです。
今のは僕の空耳だと、僕の聞き間違いだと言ってください。
でないと僕は、怖くて怖くてたまりません。
僕は、あの人を、直視できない。
けれど神様は何も言ってはくれなくて。
幸せそうな笑みを消さずに、悪魔の名を呼んだ彼女は
とてもとても満足そうに眠りについている。
ああ、困った。
本当に困った。
僕は、応援できるだろうか。
彼女を大切に大切に扱ってくれるタイプではないあの人を。
言葉のナイフで切りつけてくるあの人を。
彼女のパートナーになれますようになんて。
外へ出る機会を逃した僕の腕は、空しく中に浮いたままだった。
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まも姉の気持ちを初めて知っちゃったセナ。
こういう何気ないところでばれちゃうと思います
まもりは。