家について、あら今日は早いのね、と言う母の声に
うん、今日は早めに仕事が終わったから、帰っていいって言われたのと笑顔を作る。
本当はね、仕事はまだ半分以上残ってるのよママ。
だけどね、ヒル魔君に、ああ、いつも言ってるあのめちゃくちゃな人なんだけど、
あの人に、邪魔だから帰れって言われちゃったのよ。
そんなことを言えるわけもなく、ただ笑って、部屋へと足を進めた。
部屋に着いたら、もう笑わなくてもいいのよと言い聞かせると
無意識に小走りになっていた。
扉を閉めてすぐ、その場に崩れるように座りこんだ。
気が抜けたというのか、本当にもう、足に力が入らない。
窓はカーテンだけ開けられていて、外の景色が、空が、見えた。
暗くなった空。
星が輝いている闇。
私の心と同じ、黒。
つぅっと、頬に暖かいものが触れる。
何かと思って手をあてると、指先が濡れた。
けれどそれが涙だと分かるまで、鈍くなった脳では時間がかかった。
やっとそれを認識した時でさえも、あまり感想はなくて。
ただ、なぜ泣いているのかと、不思議に思った。
瞬間、脳裏にあの夕陽にきらめく金色が浮かぶ。
ぽろぽろと零れ落ちていく涙はとまらず、とめられず。
ただただ、外に広がる闇の景色を眺めていた。
眠気など、まったく襲ってはこないけれど、とりあえず横にならなければとベッドへと向かう。
膝を抱えるように丸まると、ほ、と息が漏れた。
今日は泣いてばかりだったわ、とお風呂の中で反省して
お母さんが作った暖かいご飯を食べて
少し、
きっと、ほんの少し、ほっとしたのだろう。
大丈夫、明日は笑顔でみんなに会える。
また同じように、彼にも会える。
そう心の中で唱えて、瞳を閉じた。両の手を胸の前で合わせる。
お願いです神様、明日には弱い私の心を少しだけ、強くしてください。
彼と顔をあわせる勇気を、ほんの一握りでいいから、与えてください。
そう祈って、じわりと広がってくる眠気に身を任せた。
その時
ピリリッ、という電子音が部屋に木霊した。
半分夢の中へと堕ちていた身は、驚いて覚醒してしまった。
未だぼやける頭に手を置いて、辺りを見回す。
なにかしらと、音が聞こえてくる方向に目を向けると
かばんの中から少しだけ覗いていた携帯電話が、着信を告げていた。
ひょいとそれを取り出して、ディスプレイに表示された着信者の名前を見る。
蛭魔 妖一
息を呑む。身体が固まる。息ができない。
ドクンドクンと身体が脈打つ。
指が震えて、うまく携帯を持てない。
しばらくして、その悪魔の着信は途切れた。ほっと、息がこぼれた。
その後に押し寄せる後悔に、眉を寄せる。
なんて弱いのかしら、私は。
なんて臆病なのかしら、私は。
手中のものを強く握り、光が消えたディスプレイを見つめた。
次の瞬間。
ピリリッピリリッ。
悪魔は再び、地獄からのベルを鳴らし始めた。
今度は声を使わぬ、文字という手段で。
また、指が震える。
血の気が急速に引いてゆく。
けれど。
ぐっと下唇を噛締め、親指で、その凶悪な手紙を開いた。
"窓の下"
無機質な、それだけのメール。
予想と違う内容で、思わず拍子抜けしてしまう。
不可解な気持ちに囚われながら、カーテンを少しよけて、下を覗いた。
そこには
金色の髪と
尖った耳と
裂けた口の
全てのものを切りつける瞳をもった、悪魔がいた。
驚いて後ろへと身を引く。
恐怖や震えなどを通り越した、奇妙な感情が身体を駆け巡った。
なんで?どうしてヒル魔君がいるの?
混乱した頭を、どうにか落ち着かせたくて、左右に振る。
それでも脳は、まだうまく機能できないようで。
その時また、悪魔のお告げが媒介を通じてここへやってきた。
恐る恐る、開いてみる。
"来い"
ああ、もう駄目だ。
捕まってはいけない人に。
捕まってはならない者に。
捕らえられた。囲まれてしまった。
私はもう
悪魔に手錠をはめられてしまったのだ。
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そろそろ終盤です。
まだヒル魔さんに会う心の準備ができてないのに
何で来ちゃったのよーみたいな。
そんなまもりさんが表現できてればいいなと思います。