恋人たちが過ごすクリスマスイブだとか、
年が変わる運命的な一瞬だとか、
そんなものに夢見ることはもうやめていたからどうでもいい。
彼とお付き合いすることを決心してから、
私は自分の中にいた「夢見る乙女」を綺麗に消し去った。
そのくらい覚悟のいることだと、きちんと理解していたから。
だから、これは裏切り行為だと思う。
3年生になってから、目まぐるしく月日が過ぎた。
高校3年生には当然降りかかることで、
将来への確証を得る為に、必死に学業に励む者。
または自己の力で社会へ出て経済的基盤を安定させる為に、就職に関する掲示物に目を通す者。
自身もその渦中にいることをしっかりと自覚していたので、
他の人が頑張っている姿を見ると思わず目の前の問題にも力が入る。
けれど例外が一人。
校則違反の金色の髪を逆立てて、彼は私の前にどかりと腰を下ろした。
けれど一瞥もしないでロケットベアーの絵柄つきシャープペンシルをノートの上に滑らす。
「てめぇイマサラ勉強してどうするつもりだよ。」
馬鹿にしたような、けれど無気力な声の発信源を無視してページをめくる。
面白くないのか、しばらく大人しくしていたと思ったら
急に問題集を取り上げてぺらぺらと流しだした。
「ちょ、ちょっと!返してください!」
「人のこと無視するような風紀委員様にはお返しできません。」
目も合わさず吐き出した言葉にむっときて、小さな声で反撃した。
「ヒル魔くんだって私のこと相手にしないじゃない。」
ぐっと握った拳に視線を落とし、きゅっと下唇を噛む。
彼はちらりと視線を向けて、パタンとそれを閉じた。
そして。
「きゃっ!?な、何するの、離して!」
強く握られた左手首が妙に熱い。
火傷しそうだと、脳が赤信号を送る。
けれどそれも伝わる前にあっけなく溶けて無くなってしまった。
物のように引っ張られて、抗う術もない私は
ただ泣きそうな自分に歯止めをかけるしかなかった。
相手は振り返りもせず、私のことを見ようともせず、
その長い足を大またに動かして先へと進む。
着いた先は立ち入り禁止の屋上。
風紀委員として、姉崎まもりとして、
けして踏み入れるものかと今まで近づきもしなかったところに。
この男は自分のそんな小さな決意すら、無断で打ち壊す。
ばんっ
耳に痛い音を立てて、扉を開く。
差し込む強すぎる光に、思わず目を閉じた。
瞬間、悪魔が低く唸った。
「俺はアメリカに行く。」
迷いのない言葉。
知っていた言葉。
だけれど聞くことを避けていた言葉。
彼の目に濁りは無く。
私の目は曇っていて。
彼の声は自信に充ち。
私の声は掻き消える。
しばらく風が通る音だけが鳴って、
それからやっと、声が出た。
掠れて乾いた、弱々しい声。
ああまったく、情けないわ。
「知ってるわ・・・。あなたは私じゃ捕まえられないもの。」
瞳を見ることを恐れて、顔を背けた。
出合った時は、あなたなんか怖くないと思っていたのに。
今のあなたは、私では声をかける事すら躊躇われる。
ふぅと小さく息をつく音が聞こえた。
きりりと胃が痛む。
保健室に、胃薬ってあったかしら。
きっと先生は心配するわ。
なにかあったのって、聞かれるかしら。
なんて答えればいいのかしら。
悪魔と別れる事がつらいんですと、正直に話すことが出来るかしら。
そう思って、苦笑を浮かべた。
瞬間だった。
ふわりと、薬莢のにおいがした。
本当は喜ぶべき香りでないことなんて分かっている。
けれど。
これは彼の香りだから。
憎らしくて意地悪で、お砂糖をかけたって甘くなんかならない人だけれど。
私の大好きな人の香りなのだ。
無理やり埋められた顔は熱をもって
呼吸をするのが少し困難で
だけどそれが嬉しくて。
こんな冷たい苦い味しか知らない人が、
どうしてこんなに甘ったるいことをするのか信じられない。
それでも、それがすごく心地いい。
ああもう。
夢見る乙女は捨てたのに。
未だに私の中にしぶとく残っているなんて。
雁屋のシュークリームよりママのお手製チョコレートケーキより
甘い甘いこの人の抱擁が嬉しいなんて。
捨てきれていないんだ、私は。
やっと自覚して、笑みがもれた。
ついでに、涙も溢れた。
そうしてからもう5分はたっただろうか。
くしゃりという音がして、自分を風から守ってくれていた熱が消えた。
瞳を覗かれるくらい近い距離で、彼はいつもの笑みを私によこす。
「これが俺からの最上級のラブコールだ。」
彼の口からは聞きなれない言葉に驚いて思わずきょとんとしてしまった。
その隙に横をすり抜けて鉄の取っ手に手をかける。
慌てて声をかけようとしたけれど、その時にはもう彼の金色が
ちらりとかすめて消えるところだった。
悔しいような、寂しいような、安心したような。
そんな複雑な嫌な気持ちだけを残して彼は消えた。
不満に思いながら、先ほどの「くしゃり」の原因をポケットから出す。
そこには小さな紙切れ。
くしゃくしゃのゴミのようだった。
それを丁寧に伸ばすため、とりあえず広げる。
そこには、彼からの最高のラブコール。
彼が次に目をつけた、彼の大好きなアメフトの本拠地。
そこに書かれたアメリカの彼のアジトになるであろう場所。
ご丁寧に悪魔と繋がる闇の電話番号まで示されていて。
ああ、もう。
今日は糖分を取り過ぎているに違いないわ。
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かなり久々の更新でございます!
今回は、卒業間近ヒルまもを目指しました。
まもりちゃんは別れることを覚悟して
ヒル魔さんに近づかないようにしていたのに
お構いなしに近づかれちゃって混乱しちゃうって話にしたかったんです。ぇ
久々すぎてリハビリが必要な状態ですが
これからも頑張っていこうと思います!ヒルまもすきだー!